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坂のある街

春日通りと本郷通りの交差する本郷三丁目交差点から北へ少し、左方向に北西に向かって入る細道は言問通りに続いている、距離にして約600m、菊坂だ。江戸時代このあたりは一面の菊畑で菊を作る者が多く住んでいた。 また、このあたりには多くの文豪が住んでいた、樋口一葉、宮沢賢治、坪内逍遥、徳田秋声と、ただ、名前は知ってるが、読んだことのあるのは、かろうじて、「注文の多い料理店」くらいなのは、少々情けない。 菊坂は谷筋で、菊坂に向かっていろんな坂が下りてくる。 本妙寺坂、炭団坂、梨木坂、胸突坂、鐙坂。 菊坂を挟んで本妙寺坂の向こうには坂の由来の本妙寺がある。明暦の大火、別名、振袖火事の失火元ともいわれているが、出火のほんとのところの原因は明瞭ではない。 中でも面白いのは、幕府放火説だ。このころ明暦3年(1657年)江戸は急激な発展をし、人口が爆発的に増え、環境、治安の悪化など都市機能が限界に達していた。 都市の再開発には、住民の説得、立ち退きにかかる補償など各種の問題を抱えていた。そこで幕府は一計を案じた、焼け野原にしてしまえば、都市改造を一気に進めることができる、これが幕府陰謀説だ。さもありなむと思われるが、江戸城天守閣も燃え尽き、その後再建されていない。冬の江戸の大火はリスクが伴う、陰謀説は話としては面白いが、信憑性は疑わしいと思う。 菊坂通りも言問い通りに出合う少し手前、胸突坂を上っていくと、旅館鳳明館の素敵な和建築がある。本郷界隈は、東京大学があり、昔は宿屋や下宿が多かったそうだ。明治に建造されたという鳳明館本館は2000年に登録有形文化財に指定されている。その昔、小学校の修学旅行で京都、奈良の旅館に泊まった記憶がある、そんなレトロなノスタルジーを、本郷で味わえる、いつか泊ってみたい。 18歳の樋口一葉が菊坂に越してきた、家計は苦しく、一葉が通ったという質屋がある。現在の所有者は跡見学園女子大学だ。一般公開もされているので、今度行って観よう。つい先ごろ、2019年6月末~7月初めの4日間、大学の観光コミュニティ学部が授業の一環で、学生がこの建物を利用してカフェを開いた。この企画を通して、地域社会との交流、コミュニティでの観光のあり方、文化財保護と活用を学んだとのこと、行ってみたくなる。 一葉が当時使ったと言われる井戸があったりする、当時はつるべ式の桶がついていた井戸だという、でもこれを使っていたんだと一葉の残り香を感じる。 言問い通りの少し手前、ステキなビルがあり、注文靴と靴教室のチルコロという店舗がある、履きやすそうな靴、色んなサイトや店のオンラインショップで購入できる。オリジナリティのある、こんな靴もいい。 興味が尽きないエリア、ちょいとしばし、菊坂周辺の探索も続きそうだ。





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